「国内社会の紛争としての移民問題:フランスの市民統合モデルの変化に関する学際的研究」
研究代表者 中野裕二
フランスは1990年代初頭、移民の統合に関して「フランス的統合」という概念で市民統合モデルを打ち出し、多文化主義を明確に否定しました。しかし、2000年代以降、同じ「フランス的統合」を用いながらも、国内の一部の移民の文化的多様性の実践を「多文化主義」として非難し、「フランス共和国の諸価値」や「文化的統合」を強調する傾向た強まっています。その意味でフランスは、多文化主義を採用しない国で多文化主義への反動が確認される事例と言えます。
このようななか、私企業のムスリム女性従業員の解雇をめぐる事件で、裁判所が「ライシテ(非宗教性)」原則を持ち出し、解雇を認めるということも起きています。このように、フランス共和国の諸価値や文化的統合が強調されるあまり、移民や移民出身者の日常生活上の紛争が共和国の諸原則から捉えられ、当事者が望む具体的な解決を困難にしている側面があります。また、移民や移民出身者の出身国の状況や国際政治状況が参照されて、彼らの統合が困難であると捉えられる傾向もあります。移民出身者の統合の有無や移民の統合の可能性に関する認識や、市民生活上の紛争の本質の捉え方、紛争解決へのアプローチの仕方に関して、公権力と移民当事者の間でズレまたはねじれの関係があるように見えます。
そこで、移民問題を社会経済的要因、文化的要因、国際的要因に基づく「国内社会における成員間の紛争」という学際的な視点で捉え直し、公権力と移民当事者との間に存在する、移民および移民出身者をめぐる紛争の本質の捉え方と紛争解決のアプローチの仕方に関するズレまたはねじれの構造を明らかにする必要があると考え、私たちは共同研究プロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトでは、移民の移住から定住・世代継続に深く関わる移民政策・受入政策、住居・家族、教育、文化・イスラームの4分野に絞り、紛争の本質をめぐるズレ・ねじれの構造を明らかにし、それがプラクティカルな解決を困難にしている実態を明らかにしていきます。
研究活動の内容や研究成果はこのホームページで公開し、広く社会に発信していきますが、このプロジェクトの目的を達成するためには、関係する多くの方のご支援とご協力が必要です。どうぞよろしくお願い致します。
なお、このホームページは、私たちのプロジェクトのメンバーの多くが参加した、独立行政法人日本学術振興会二国間交流事業共同研究/セミナーのフランスとの共同研究(CHORUSプログラム)「地域における外国人支援と排除に関する日仏比較研究」(2011年9月~2014年3月)のホームページを引き継ぎ、作成しています。
付記:このホームページはJSPS科研費 15KT0047の助成を受けたものです。
※以下は2011~2014年に行われた「地域における外国人支援と排除に関する日仏比較研究」(CHORUSプログラム)のページとなっております。
研究代表者 中野裕二
私たちが申請していました「地域における外国人支援と排除に関する日仏比較研究」が平成23年度の独立行政法人日本学術振興会二国間交流事業共同研究/セミナーのフランスとの共同研究(CHORUSプログラム)に採択されました。
外国人・移民をめぐる施策において、地域はきわめて重要な役割を担ってきました。入国した外国人の社会統合が事実上、地方自治体まかせである日本はもちろんのこと、1980年代以降、政府主導の社会統合政策が進められてきたフランスでも、外国人住民の地方参政権の問題も含め、地方自治体や地域の市民活動に大きな期待が寄せられています。しかし、外国人・移民に対するさまざまな施策や支援が一定の成果をあげているにもかかわらず、彼・彼女らに対する排除(exclusion)は依然として存在し、しかも新しい形の排除も生まれています。それは、定住化が進み「二世以降」が増加し、出身国・職業・学歴・滞在資格などもきわめて多様化するなかで、彼・彼女らの抱える課題も多様化・変化し、「外国人」を一括りにした従来の施策や支援ではカバーしきれない問題が生じているからです。また、マクロな社会構造変化に伴う地域の社会的紐帯(lien social)の変化によって生じる地域の諸問題を外国人・移民の責任とし、その反動として排除する傾向もあるからです。そこで私たちは、地域の社会的紐帯の変化と外国人住民の多様化を前提として、外国人の排除を生まない支援と地域のあり方を模索することを目的としてこのプロジェクトを立ち上げました。
ところで、外国人・移民の排除の問題を解決する手がかりとして、日本では「多文化共生」、フランスでは「統合(intégration)」という概念が用いられてきました。しかし、これらの概念は、誰が「統合」や「共生」の対象となるのかという問題もあり、そこから必然的に排除されるカテゴリーを生み出すおそれもあります。外国人・移民の排除の問題を解決するための議論が新たな排除を生むというジレンマを乗り越えることもこのプロジェクトの目的に含まれます。
以上のような実践的・理論的な問題関心に基づいて、このプロジェクトでは具体的に以下の四つの課題のもとで研究をすすめていきます。
1)外国人・移民の住む「地域」で社会的紐帯がどのような理由により、どのように変容しつつあるのか、その変容に伴ってどのような排除が起きているのか、また、そのメカニズムは何か。
2)外国人住民の多様化に伴いどのような新しいニーズが生まれているのか。
3)こうした変化を前提として、各地域では排除を生まない取り組みがどのように実践あるいは模索されているのか、そこにはどのような問題があるのか。
4)排除を生まない概念や理論はいかに構築可能なのか。
このプロジェクトの特徴は、共同研究の相手であるフランス側研究者のうち3名が日仏会館研究センター(東京)に所属し、日本に常駐している点にあります。この利点を活かして、定期的な研究会を立ち上げることで、日本とフランスでのフィールド調査の成果を踏まえて、前述の実践的・理論的課題を継続的に議論していきます。また、年に1回はすべての参加研究者が一堂に会し、研究経過と結果を報告するワークショップを開催します。
研究活動の内容や研究成果はこのホームページで公開し、広く社会に発信していきますが、このプロジェクトの目的を達成するためには、関係する多くの方のご支援とご協力が必要です。どうぞよろしくお願い致します。